
その口調は穏やかで、とはいえひとつひとつの言葉には説得力があり、その場を掌握するような存在感がある。俳優、池松壮亮。若い頃から映画を中心に多くの作品と向き合い、ベテラン俳優や名だたる監督と相対してきた。そんな彼だからこそ気になった、ナノ・ユニバースがテーマに掲げる色気について。30代半ばを迎えた彼の口から語られる彼なりの答えは興味深く、俳優業やファッションにまつわる話の中でも自身の美意識や哲学が垣間見えた。

Scene. 01
その人独自の美学や哲学に色気が宿る
「別段、趣味が多いというわけではありません。ただ、気になったものに対してはとことん掘るタイプ」。そう語る彼の目は、常に話し相手をまっすぐに捉え、一定のリズムでロジカルに言葉を繋いでいく。その姿を見るにつけ、撮影場所となった神保町の古本屋や純喫茶が妙に馴染んで見えて仕方がない。質問に対し澱みなく言葉を紡いでいくなか、こと色気の話題についてはひと呼吸おき、考えを巡らせながら偽りのない本音を語ってくれた。
「いろんな解釈ができますから難しいですよね。性的な色気もそうですけど、生まれたばかりでも憂いをもつ赤ちゃんもいれば、年輪からくるおじいさんやおばあさんの色っぽさもある。その中で自分が思うものといったら……なんだろう。僕がいいなと思う色気に関しては、表面的でないもの、その人の内面から出てくるものに対して、色っぽいなと感じることが多い気がします」


そう感じるに至る背景には、数多の作品を通して共演してきた諸先輩がたの背中も影響しているかもしれない。
「経験豊富で優れた先輩方には、美意識があり哲学がある。自らの感覚で感じながら言葉にし、表現する人には滲み出るものがあるというか、実があるというか。存在がリアルで、言葉がリアルで、表現がリアルで、そういったものに惹かれる傾向はあります」
先ごろ公開された映画、『フロントライン』でも多くの実力派俳優と共演。学びや気づきを得た。さらには、作品を通して世界的パンデミックの影響力を再確認。そして、コロナ禍での生活が映画、そして俳優という職業について考える契機になったとも回想する。
「今年で35歳になりますが、あれだけ世界がひっくり返るような経験は勿論初めてです。あらゆる常識が崩れるのを感じましたし、固定化されてきた価値観や、勝手に染み込んでいたルールがいったん全て解体された。じゃあこれからいったい何を積み上げるべきか、何を軸としていくべきか。いろんなことを根本から考えなおす時間になりました」
さまざま考えを巡らせるなか、今回の作品を通じ改めて実感したのは映画の、エンタメの可能性だ。

「ダイヤモンドプリンセス号の船内で起こったことを、ひとつの災難として捉えるとどうしても見方が一面的になりますが、実際はそうではない。人と人が気持ちを通わせ、寄り添い、目に見えないウイルスと対峙した日々があります。そのことを伝えるためにはドキュメンタリーかフィクション(作品)が必要。ただ、ドキュメンタリーでは興味のある人に深く届く。より広く届けるためには、フィクションが最適になります。あれから5年の月日が経ちましたが、世界中であれほどの痛みを経験したからこそ、振り返るにはそれだけの時間がかかる。痛みの記憶を振り返り、再構築し、物語にすることは、これからの未来のために必要なことだったと思うんです」

さらにはコロナ以降、俳優の存在意義についても自身に問いかけてきた。そんな中、考えは整理され一定の答えを得たように言葉の節々から感じられる。
「俳優やエンターテインメントの存在意義を問われてしまったのは、業界の欺瞞であり、それだけメディアとして弱体化してしまったとことが大きいと思っています。飛行機に乗るときに昔からよく考えることがあります。あと1時間で墜落しますとなったら、俳優はほとんど何の役にも立たないなって。歌手や芸人さんとはやはり違う。とはいえ、作品の価値と豊かさを信じています。人々が映画を求めていないかといったら全くそうではない。常に観客は映画を求めてくれていると思う。命と直接的な結びつきは見えにくい職業です。ですが、物語によって心を慰め、励まし、癒すことができます。それに、映画を存分に堪能できる世界ってきっと平和だと思いますから」

Scene. 02
色(キャラ)を纏うのが生業だからこそ普段はモノトーン
娯楽やエンタメは、平穏な世界かどうかを判断するバロメーターになり得るかもしれない。それはきっとファッションも同様だ。そこで、彼の普段の服装について問うと、そこに対しても彼なりの考えがあった。


「俳優という仕事は現場と家の往復。もうそれだけなんですよね。現場では衣装を着ていますし。なので、脱ぎ着がしやすいとかパッと洗えるとか、そういう物に偏ってきます。それに、演じることを生業としたとき、日々の心の落差をなるだけなくしたくて。自分がフラットでいられるものを選びがちかもしれません。もちろん、そんな中でも、今日着させていただいたモノを普段でも着てみたいと思うこともありますけど、基本的には自分の生活や思考にフィットするものを着ていたいですね」
それらのアイテムについてもっと掘り下げて聞く、俳優・池松壮亮のファッション観を紐解くヒントがさらに浮かび上がってきた。

「基本的には黒、あとは白も多いですかね。なんかこう…自分が役として衣装で出る時やファッション撮影などいろんな服を身に纏うことは好きなんです。だけど、基本的に俳優って色を纏うモノ。それはもう実際の色だけでなく、役柄としてのカラー(キャラ)もそう。なので、普段は色を身に纏おうとはあまり思わないんです」



Scene. 03
映像作品にはやっぱりラジカルなパワーがある
そんな彼の活躍は2025年以降もとどまるところを知らない。直近でいえば、9月に映画『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』の公開を控える。「映画やエンタメの幅を象徴する作品」と笑みを浮かべて説明する本人の顔からも、おすすめ具合がヒシヒシと伝わってくる。
「NHKで2021年、’23年にドラマとして放送され、今回映画化となりました。簡単に言うと、とにかく、大人が全力で真剣にふざけている作品です(笑)。監督、脚本はオダギリジョーさんで、ドラマの撮影自体は2020年に始まっているんですね。いわばコロナ真っ只中。あれだけ業界が騒然とする中、オダギリさんはこの第一弾となる作品を作り上げた。もうみんな唖然ですよね。そこに集まった錚々たるプロフェッショナルな俳優さんがこぞって心から楽しんでいるんです。破壊から再生に向かうための飛躍的な力として、笑いというラジカルな表現を選ばれた。映画もそうだし、ファッションもそうだと思うんですけど、やっぱり生命力を促すというか、根源的な力があるなと再認識しました。そこには人生を支える力があり、困難に打ち勝つための力を秘めていて、生きるためのパンクな要素があります」

作品では、個性溢れる共演者たちが脇を固める。彼流にいえば、自身の美意識や哲学を持っている人たちだ。
「オダギリさんの創作における美意識や哲学に触れて、これまでたくさん驚かされてきました。全て理解できなくとも、そのエネルギーの根源や動機のようなものを理解することはできる。オダギリさんのこれまでの俳優人生に触れてきた、様々な俳優たちが喜んで集まりました。佐藤浩一さんも柄本明さんも橋爪功さんもそう。今回は深津絵里さんまで。錚々たるメンバーが集まり、お祭りのように作品とたわむれ、強烈な個性を放っています(笑)」
そして来年、さらなる期待感を煽る作品への出演が決定。久々の出演となる大河ドラマ『豊臣兄弟!』である。一年を超える長丁場の撮影が予想されるなか、むしろ彼は「ワクワクしている」と口にする。


「これまで、一年以上映画から離れたことはありませんでした。何より映画を優先してきたところがあるので、心情としては全く新しい環境に挑むという心境。それに、同じ役を一年半も演じるというのは世界を見渡しても稀なことです。この国の文化である大河ドラマの場で、一年半同じ役を演じるとは、果たしてどういう感覚なんだろうとか。1年半映画から離れるとどんな気持ちになって、何が見えてくるんだろうとか。色んな変化や困難がきっと待っていますが、いまとても楽しみです」


池松 壮亮
1990年7月9日、福岡県生まれ。2003年ハリウッド映画『ラスト・サムライ』で映画デビュー。その後、映画を中心に数々の作品に出演。国内外での評価を高め、これまで数多くの映画賞を受賞している。 今後は映画『THE オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ MOVIE』が9月26日に全国公開されるほか、26年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、豊臣秀吉役を演じることが発表されている。